診察室から水銀式血圧計が消える日は近い

診察時にお世話になる水銀式血圧計。
もうしばらくすると目にすることがなくなりそうです。

水銀を使った医療機器は2020年に製造禁止へ

水銀は常温で液体となる特殊な金属として、数々の用途に使われています。身近なものでは蛍光灯、水銀灯、電池などがおなじみですが、医療機器でも体温計や血圧計に用いられています。

20151117_blood_pressure_02

大変有用な素材である水銀ですが、裏を返すと極めて強い毒性を持った危険物という一面も持っています。

1950年代に熊本県水俣湾に廃液として海に流された水銀により、周辺住人に水銀中毒が多発した事件がありました。「水俣病」です。水銀を摂り込んだ魚を食べ続けることで人の体内にも水銀がたまり、中枢神経に支障をきたす疾患を起こしたのです。

この教訓から産業界では製品中の水銀を削減する技術の開発が常に求められてきました。乾電池に記載されている「水銀ゼロ」などがおなじみではないでしょうか。

そんな二面性を持つ水銀ですが昨今の環境問題の高まりを受け、2013年「水銀に関する水俣条約」が採択され、発効に向け準備が進められています。

「水銀に関する水俣条約」とは

20151117_blood_pressure_03

大きな公害が起きたことにより国内ではその教訓を活かし、水銀の取り扱いは規制されて安全と言えるまでになりましたが、発展途上国などを見るとまだ危険性が周知されているとは言いがたい状態です。

例えば小規模な金採掘では金の純度上げるため日常的に水銀が使われています。水銀に金を溶かしてから加熱することで水銀を気化させ、純度を高めるアマルガム法です。すなわち使われた水銀は全て空気中に拡散しているのです。案の定、周辺地域に水俣病と同じ症状が発生しています。

さらに水銀自体も先進国が水銀を輸入するから生産を続けているという矛盾も存在します。

「水銀に関する水俣条約」ではこの問題を収束させるために次のような内容が採択されています。

・水銀鉱山の時限的閉山
・2020年以降、水銀を使った機器の製造、及び輸出入の禁止

現在はこの「水銀撤廃」を前提に各国各業界で対処法を確認している段階です。最終確認を終えた国が一定数を超えたとき、条約は正式に発行され国際的な法的拘束力を得る運びになっています。

水銀が使われている医療機器はどうなる?

医療で水銀を使用している機器といえば体温計と血圧計ですが、既に電子式の代替機器が存在しますので、医療サイドとしても条約発効に前向きなスタンスで対処していくようです。

日本高血圧学会でもこの条約発行に向けてワーキンググループを設置し対応方針を検討しています。

●参考
水銀血圧計の使用と水銀血圧計に代わる血圧計について(日本高血圧学会)
http://www.jpnsh.jp/topics/425.html

まだ最終結論ではありませんが、現時点の考えでは

1)現在医療現場で使われている水銀血圧計は直ちに廃棄する必要はない。
2)新たに水銀血圧計を導入しない。
3)代替として上腕式電子血圧計を推奨する。
4)日本高血圧学会のガイドラインでは血圧測定に「水銀血圧計を用いた聴診法」を推奨しているが、これは改訂していく予定

とのことです。

つまり長い間、医療現場の最先端で活躍していた水銀式血圧計は、徐々に上腕式電子血圧計に置き換えられていくと考えておいて間違いないでしょう。

切り替えタイミングは医師次第

ワーキンググループは現在診察で使っている水銀血圧計の廃棄を強制してはいません。2020年以前に製造、輸入された水銀血圧計であれば販売禁止もしていませんので、切り替えるタイミングは現場の医師の判断によることになるでしょう。

しかし、電子血圧計の精度が上がったこともあり既に水銀血圧計を使わない病院も増えています。
私が脳出血で倒れて担ぎ込まれた病院もそうでした。入院時の毎日2回の血圧測定は手首式血圧計を用いており、水銀血圧計は診察室に置いてあるものの一度も使っていません。
別の病院では待合室にある据え置き型の電子血圧計で測定したデータをプリントし、診察時に医師に提出するというシステムになっていました。
実体験として大きな病院では既に切り替えが済んでいるように感じています。

患者側も意識の変化が必要

ネットをさまよっていると、電子血圧計に強い不信感を持っている人をよく見かけます。

・電子血圧計と水銀式血圧計で測定値が違う。
・電子血圧計を使っているが測定値がバラつく。
・上腕式と手首式で値が違う。

などが不信感の原因になっているようです。

血圧は1日を通してダイナミックに変化しています。直前の行動や気持ちの変化でも大きく揺らぎます。体温のように一定値にとどまるものではないのです。血圧測定はおおよその目安と変化を知るためのものであり、1mmHg超えたからアウトという厳密なものではありません。そして体の奥にある血管の圧力を外部から間接的に測定しているのですから、測定方法が変われば結果も微妙に異なるのは仕方ないことです。
この不信感は「血圧は一定であるはず」という誤解が根源にあるように考えています。

そしてこのことが原因となり医師への不満を感じている人もいます。「主治医が水銀式血圧計で測定すらしてくれない」という愚痴も見受けられるのです。診察で電子血圧計を使うことを「医師に見捨てられた」と感じている人が存在するのです。

生活習慣病としての高血圧を治療するのは医師ではなく自分自身です。全てを医師任せにせずに、患者サイドにも血圧に関する知識を高めていく努力が必要なのではないでしょうか。

医療サイドも患者に周知させる活動が必要

水銀血圧計は聴診器とともに常に診察室のかたわらにあり、医療現場のシンボルでもあります。
水銀血圧計が消え行く存在ということを知らずに、これがなくなるのですから不信に思う人もいるでしょう。また、医師が直接自分の状態を確認するという行為が、不安に怯える患者に安心感を与えているというプラスの心理効果も無視できるものではありません。

医療サイドも水銀血圧計を使わないことで「見捨てられた」「手を抜かれた」「いい加減だ」と誤解されぬようにしっかりアピールしておく必要があるように思います。

堅い話はココまで

実は血圧計には水銀柱ではなく古い車のメーターのように丸い圧力計を使ったものも存在します。

20151117_blood_pressure_04

一般的に工業で圧力計といえばこの形のものであり、メーターはあらゆる精度のものが存在します。もちろん水銀は使用していません。なぜ日本の医療現場でメーター式ではなく水銀柱式が使われ続けていたのかは私には分かりません。
さらに見た目は水銀柱式だが目盛りの溶液が水銀レスという血圧計も存在します。

しかし今回のワーキンググループの方針ではそれらの血圧計ではなく電子式血圧計を推奨しています。おそらく看護師や患者が手軽に測定できるというメリットを重視したのだろうと推測しています。

さて話題の水銀血圧計。
意外とお安いんですね。
安いものでは3000円台で購入が可能です。

20151117_blood_pressure_05

医療サイドが電子血圧計を推奨している以上、医師/看護師の教育用途での需要も減っていくことでしょう。最後に高値がつくのか、それともたたき売りになるのかは分かりませんが、いずれ販売されることもなくなるでしょう。

もし高血圧を治しても血圧管理を一生行う覚悟ができているなら、私達患者が今のうちに1つ入手しておくのも一手ではないでしょうか。おそらく数十年後は入手が不可能になります。その頃には消えていった昭和の家電のように昔懐かしいアンティークグッズの仲間入りをしていることでしょう。
「ほら水銀式血圧計、いいでしょ」と年寄り仲間に自慢できる日が来るのかも。

機能面から見てみると水銀血圧計は日々の測定だけではなく、電子式血圧計の補正に使うことができます。
mmHg(水銀柱ミリメートル)という単位があるように水銀血圧計は血圧管理の基準になる測定方法です。電子血圧計はこの測定値を再現することを目指して調整されているのです。
ただし、測定原理が異なっていますので近い数値は出てもピッタリ同じ値にはなりません。前述のとおり日々の血圧管理ではそこが問題ではないのです。
そうは言ってもしっかり血圧管理をしようとすると、どうしてもこの曖昧な差が気になってしまいます。そんなときは「新しく買った携帯用電子血圧計は水銀血圧計に対して5mmHgほど低い」というような補正値さえ分かれば、不信感も消えてなくなるでしょう。私達高血圧患者にとっては大変有用な実用品でもあるのです。

こんなことを書いていたら欲しくなってしまいました。
私も買っちゃおうかなぁ。

どうです? あなたもおひとつ。

スポンサーリンク
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

コメントをどうぞ

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です