失語症経験者が語る「失語症とは」 介護者へのアドバイス

脳卒中の後遺症として残る失語症。
私も脳出血発症直後に失語症の症状がでました。
幸運にも数日で大幅な機能回復ができたものの、その後も言葉に少し違和感を感じています。

失語症は見た目ではわかりません。
症状はコミュニケーションの不具合という形で表れます。
このため周囲の方々にはなかなか理解が難しいものです。

話しかけても理解しているようで理解していない。
何を考えているのかわからない。
人格が変わってしまった。
認知症ではないのか?

患者に接する方はことあるごとに戸惑っていることでしょう。

失語症患者本人は一体何を考えているのでしょうか?
失語症とは一体どんなものなのでしょうか?

私の経験を踏まえて分かりやすくご説明します。

1.失語症を発症したとき本人はどう感じているか。

分かりやすく3つに分類しましょう。

①会話の理解が困難

失語症を理解するためにこういう例えがあります。

「突然すべての日本語が外国語になったような状態」

ある瞬間から医師や家族が当たり前のようにロシア語で話しかけて来たらどう思うでしょうか。
テレビのテロップや音声、新聞の文字がタイ語になっていたら大いに戸惑うことでしょう。

それが言葉であることは分かるのですが、頭の中にその意味が浮かんでこないのです。

ただし、全く理解出来ないまで強い失語が出ることはまれのようです。
このため「英語が苦手な人が突然英語しか使われていない別次元の世界に落とされる」というSFコメディのような状況を想像してもらったほうが正解に近いでしょう。

私もゆっくり話しかけてくれるのであれば内容はある程度は理解が出来ました。
ただしラジオのDJの速さで喋られると理解が追いつきません。
複数の人から同時に、また交互に話しかけられると頭が混乱してしまいます。
誰もが学生時代、英語のリスニングテストで処理速度が追いつかなくなり頭の中が真っ白になったことがあるでしょう。
その状態にとてもよく似ています。
それを「理解できて当たり前だよね?」とばかりに繰り返されるのですからとても不快な思いをするのです。

皆さんは外国の方に日本語で話しかけるときはどうするでしょうか?
分かりやすい単語を使い、余計なことを言わず、簡潔にまとめた文章でゆっくり話しますよね。
そして考える時間を与えてじっくり回答を待ちます。
失語症患者に対しても同じ対応が必要なのです。

②日本語で考えることが困難

この「外国語」という例えは概ね正しいのですが、実はそれだけでは足りません。
私たちは街角で外国語で話しかけられても「この人は駅に行きたいのかな?それともホテルを探してるのかな?」というように日本語で考えを巡らせることができます。
私たちが物事を考えるときも頭の中で日本語が使われているのです。
失語症はその頭の中で練りまわす日本語も使えなくなります。

意外なことかもしれませんが、抽象的な考えや感情は言語である日本語の上に成り立っています。
例えば、悲しい/不満/さみしい/不快/やるせない/悔しい/切ないなど似たような感情は失語症になると本人でも区別が難しくなります。
私達は頭の中で最も適切な日本語を当てはめることで心の状態を認識していたのです。

ただし「電話」「スプーン」「病院」など絵や写真としてイメージできる事柄は今まで通りに思い浮かべることができます。
イメージは言語野ではありませんので問題なく機能しているのです。
しかしイメージできても「でんわ」と言葉にすることが困難なため、周囲の人には理解が出来てないと思われてしまいます。
失語症患者にとっては抽象的なものと具象的なものとでは大きな違いがあるのです。
このことを理解しておくとコミュニケーションがしやすくなるでしょう。

親近感はお互いの内面を共有することで湧いてくるものです。
前述の通り、失語症になると自分の微妙な感情の変化を認識してそれを開示することが苦手になります。
このため介護をするご家族は患者が急に心を閉ざしてしまったように感じるかもしれません。
それは間違いです。

蛇足になりますが、
その昔、パイロットの思考を読み取って動く最新鋭戦闘機を盗み出す「ファイヤーフォックス」という映画で「ロシア語で考えるんだ」という有名なセリフがありました。
動くイメージを思い浮かべることで操縦するのであれば言語は必要ないはずです。
それなのに「特定言語に依存する」という余計な設定がウケて、現在もこのフレーズはうまくいかない人を茶化すときによく使われています。

A「うーん、これどうすりゃいいの?」
B「ロシア語で考えるんだ」
A「うっさいわ!」

しかし失語症になってみると思考には言語がないと処理が出来なくなるものが結構な範囲であったのです。
案外間違っていなかったんですね、あの映画は。

③言葉にすることが困難

ぼんやりながらも伝えたいことが思いついても、それを日本語にすることも困難です。
単語が出てこない、間違った言葉を当てはめてしまう、正しい述語がわからない、話せないし書けない。
「あ、、あの・・・、あれ・・」
相手は一生懸命聞こうとしてくれています。
それに応えることができずに焦り、さらに頭の中は混乱してしまうのです。

私の場合は看護師さんにこちらから話しかけることを止めてしまいました。
話しかけてもうまく伝えられないために迷惑になると感じたのです。
簡単な会話もできない情けない姿を見られたくないという思いもありました。

間違いにも動じずに話す人ならリハビリも効果的でしょう。
しかし私のように遠慮や変なプライドが先に立ち、自ら話しかけることを諦めてしまうとその後の回復には悪い影響しか与えません。
もし患者が自発的に話すことを控えているようなら、事情を知っている親しい人たちだけの空間を作るなど会話をしやすい環境を作ってあげてください。

まとめると

つまり失語症患者との会話には、

①会話の理解が困難

②日本語で考えることが困難

③言葉にすることが困難

この3つの壁があるのです。

失語症の症状は人それぞれです。
うまくいかないコミュニケーションが3つの壁のどこで詰まっているのかを考えてあげると、意思疎通もしやすくなるのではないでしょうか。

2.強い疎外感

失語症になった直後は強い疎外感を感じます。
すぐそばに親しい人がいても意思疎通が出来ず、自分だけ世界から隔離されてしまったように思うのです。
誰にも相談できず、深く考えることもできない。
それはとてもつらいことです。

そして半日前まで普通に暮らしていた自分が突然壊れてしまったのです。
そんなことは絶対に絶対に認めたくはありません。

このためしばらくは苛立ちや恐怖に支配されてしまいます。
それは得体のしれないどす黒い不安となって心に覆いかぶさってくるのです。

私は失語症発症直後にこのような状態に陥りました。
自分の状況を把握しそれを受け入れるまでいくらかの時間が必要です。
ご家族や周囲の方は突然のできごとで不安になるでしょうが、まずはもっとも不安を感じている患者を安心させることに努めてあげてください。

3.もう少し深く失語症を理解しよう

健常者にとっては失語症はこのような例えが理解しやすいと思います。

①会話はすべてカタカナで書かれたようなもの

「ジュウジニムカエニキマスカラヨウイヲシテマッテイテクダサイネ」
このカタカナで書かれた文章は健常者の方でも内容を理解するのに時間がかかります。
どんな単語や述語が使われているのかをいろいろ当てはめて意味の通る文章として認識をするのです。
会話ではこのような高度な処理が瞬間的になされています。

「10時に迎えに来ますから用意をして待っていてくださいね」
分かりやすくこう言ったつもりでも、失語症患者は即座に内容を理解し返答をすることができません。

失語症のリハビリのためにたくさん話しかけなくてはと「キョウトノオカアサンカラデンワガアッテネイマシンカンセンデコッチニムカッテイルッテトテモシンパイシテイタワヨオナカスイテナイリンゴムコウカオイシイワヨアソウダブチョウサンカラモリンゴモラッテタノヨリンゴダラケニナッチャッタネ」と矢継ぎ早にしゃべられても混乱するだけで何も理解ができません。
これは大きな間違いです。
簡潔で極力短い文章を使いゆっくり話しかけてください。

②失語症は誰もが経験している

ちょっとショッキングな見出しですがこういうことです。

私たちは乳児のころに非常によく似た状況を経験しています。
母親が話しかけても何を言っているかわからず、ただ目に映るモノや表情でなんとなく状況をつかみ、良いか悪いかを判断して、言葉が使えないので笑ったり泣いたりしながらそれに応えていました。
失語症の状態はそれによく似ています。

そして過労や寝不足
徹夜など極度の過労状態に陥ると、脳の機能が著しく低下します。
このとき簡単な会話の意味を理解できなかったり、言葉で説明することが困難になる症状も出てきます。

まだあります。
それは泥酔です。
アルコールは脳を麻痺させ一時的な機能障害を起こします。
このとき言語野も正常に機能しなくなります。
酔いが進むと単語と述語が滅茶苦茶になっていたり、適切な言葉をつかえなくて爆笑されている人をよく見かけますよね。
これも言うなれば言語野の障害です。

そしてこれからも。
4つ目は老いです。
脳は老化により少しづつ機能を低下させていきます。
言語野の機能が衰えると失語症によく似た症状がでてきます。
歳をとるとものの名前を思い出せなくなったり、複雑な文章の理解が困難になったりすることは避けられません。
脳卒中後の失語症はこの言語野の老化だけが瞬間的に一気に進んだようなものなのです。
失語症と同じような症状は脳の老化とともに誰もが経験する可能性があるのです。
今一度、そんな高齢者の方にどんな接し方をするかを思い出してみてください。

つまり失語症は健常者でもさほど理解しにくいものではありません。
赤ん坊や泥酔した人、疲れ切った人、そして高齢者を思い浮かべると難解と思われがちな失語症も身近なものとして感じられるのではないでしょうか。

4.ありがちな誤解

①話す声を大きくする必要はない

失語症患者の反応を見ていると「耳が聞こえていないのかな」と感じることがあると思います。
脳卒中の後遺症として声が小さくなる運動障害もあるのでなおさらです。
しかし会話は失語症患者の耳にはしっかり届いています。
それを理解できない、もしくは理解に時間がかかるだけです。
そのためゆっくり話すことはとても良いことですが、大きな声にする必要はありません。
同じことを繰り返す際も同じ大きさの声でゆっくり話せばよいのです。
健常者同様に必要以上な大きな声は不快でしかありません。

②分かりやすく補足を入れると理解しにくくなる

失語症患者は複雑な文章を理解することが困難になります。
しかし介護する方は親切心で会話に補足を入れがちです。
「田中さんがね・・・お向かいさんじゃなくて職場の・・・がね、昨日公園行ったんだって、ほら昔バーベキューしたでしょ、あそこ、でね、そしたらテレビのロケやっててね、松崎しげるがいたんだって! 愛のメモリー歌ってる黒い人だよ! びっくりだよね。」

分かりやすく補足を入れたつもりが、主語と述語が複雑に絡み合う文章になっています。
失語症になるとこのような会話の理解が大の苦手です。
「田中さんが・・・公園でバーベキュー?  ロケ? え!?バーベキューじゃないの? 松崎しげる? 歌ってたの? えーとだれだっけ、ああ田中さんか。田中さんはどうなったの???」
こんな感じになります。
分かりやすく補足を入れているつもりでも、余計な言葉は失語症患者を混乱させます。
「昨日公園に松崎しげるがいたんだって!!」と簡潔にまとめましょう。

③決して幼児退行として扱ってはいけない

前出の通り、失語症に陥ると言葉を知らない幼児のような振る舞いになりがちです。

介護者はついつい幼児をあやすような扱いをしてしまいますが、感情やプライドは数十年生き抜いてきた大人のままです。
決して幼児退行したわけではありません。

苦しんでいるのに「ハーイよくできましたねー、えらいですねー」と子供のようにあやされると侮辱されたような気分になるのは皆さんと同じです。
必ず対等な大人として接してください。

④失声症とは違う

失語症を失声症と混同している場合がありますがこれは間違いです。
運動機能の障害として発声ができなくなるのが失声症です。
このため失声症は文章の理解や思考は正常で、文字の読み書きによる意思疎通が可能です。

特にお見舞いに来てくれた方は失声症と勘違いしている人が多く、いつもの様に早口で話しかけがちです。
どこまで説明するかは相手次第だとは思いますが、失語症患者に負担のかからないように事前に根回しをしておくことも必要でしょう。

⑤認知症とは違う

これはとても大切です。
失語症になると「ボケた」と言われがちですが、これは正しくはありません。

モノや事柄を正しく認知できなくなるのが認知症です。
ハサミの使い方がわからなくなったり、場所や社会のルールがわからなくなったりします。
そして進行性があり徐々に悪化していきます。

失語症ではそういうことはありません。
ハサミは今まで通り使えるし、家族の顔や自宅を忘れることもありません。
言葉を使ったコミュニケーションと思考に問題が出ているだけです。
脳卒中の後遺症としての失語症は発症直後に症状が強く出て、リハビリとともに改善していきます。
脳卒中を再発させなければ進行性の疾患ではないのです。

このように「認知症」、そして認知症を連想させる「ボケた」は失語症を表現する言葉として正しくありません。

⑥「どうしたの?」は無茶ぶり

失語症になると「どうする?」「どうしたの?」というフリートークを求める質問がとても困ります。
言いたいことを頭の中でまとめて口にすることが困難だからです。

もし選択肢が限られているなら、「リンゴ食べる?」「じゃあミカン食べる?」というようにYes/Noで回答ができる質問にしましょう。

そして大きな助けになるのが視覚です。
イメージをつかさどるのは言語野ではありませんので、視覚によるものの認識は正常です。
「リンゴトミカンドッチタベル」と話しかけるより、リンゴとミカンを見せて選ばせたほうが意思の疎通はスムーズです。
生活にかかわるものを写真や絵で一通り用意しておくとよいでしょう。

5.介護とリハビリのバランス

最後にとても難しい話です。

失語症の回復を目指して日常生活でもリハビリをするなら、言葉を使わないコミュニケーションに依存してはいけません。

リハビリには積極的に言葉を使ったコミュニケーションが必要です。
うまく言葉が出なくても考えて考えて失敗をしながら何度も口に出すのです。
それには親しい話相手、つまりご家族の協力が必須です。

「快適に暮らすための介護」と「改善させるためのリハビリ」、やることは相反しています。
これをバランスよく使い分けなくてはいけないのです。

家庭でどこまでリハビリをするかは専門医に相談を

家庭でどの程度まで介護をし、どのようなリハビリをするかは専門医(言語聴覚士)とよく相談して決めてください。

ご家族の「絶対に治したい」という強い思いから、日常生活でも徹底的に言葉を使うリハビリをしてしまうかもしれません。
また患者を思うあまりに何不自由ない生活を提供してしまうかもしれません。
これらが良いことなのかは私には分かりません。

私もスパルタ的なリハビリを強いられたら「こんな人生もういやだ」と一切を拒絶したでしょう。
何不自由ない手厚い介護を受けていたら「もうこのままでもいいや」と回復を諦めたかもしれません。
失語症だけでなく脳障害のリハビリに付きまとうとても難しい話です。

世の中には本人の強靭な意志で言語野をそっくり別の場所に作り出す驚異的な人もいれば、回復が約束されていないのであれば努力は一切しないという人もいます。

障害の範囲と本人の思いは患者一人一人で違います。
そしてどこまで回復できるかは例え医師であっても分かりません。
脳障害は怪我と違い回復を約束することができないのです。
しかしリハビリの努力をしないと回復の可能性もなくなります。

そんな分からないことだらけの状況のなかで、どこを目指してどんな生活をするのか。
介護とリハビリのバランスは専門医とよく話し合って決めてください。

最後に

いろいろ書きましたが、患者も介護者も慣れてしまえば大した事ではなくなります。
私も発症後数日で大幅に回復したとはいえ、まだ簡単な漢字しか書けません。
「漢字読めるけど書けない」が極端になってしまったのです。
しかしご覧のようにPCさえあればそれなりの文章が書け、普通の人と同じように仕事をすることが可能です。
それは「視力が悪く眼鏡がないと何も出来ない」と同じようなものなのです。

失語症は難解で症状も人それぞれです。
このため発症直後は患者も介護者も途方にくれてしまいがちです。
しかし失語症の知識を学び、症状をキチンと整理していけば明るい未来へ向かうキッカケが見つかるはずです。

この記事がその助けになることを強く願います。

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コメント

  1. マロチーコ より:

    ameoさま

    こんにちは。はじめまして。
    私の父が昨年11月に脳出血を起こし
    5ヶ月間のリハビリを経て病院から退院して来ました。
    幸い手足に麻痺は無かったですが、重い失語症が残り対応の仕方に四苦八苦している状態です。

    まずは病気の事を良く知ろうと思い本を何冊か読み始めた所で、あなた様のブログに出会いとても安心できた…というかホッとしました。

    毎日ちょっとした事で気分が変わり、昨日分かっていた事が全く理解できなくなったり、その逆で急に分かっていたり…など、(なぜ…⁇)の部分が多すぎて戸惑う連続の毎日ですが、一番辛いのは本人で、本人が一番安心できるのは家族だという事を改めて教えてもらえました。

    「簡潔に、短い文章で、ゆっくり話す」事を心掛け今日から実践していきたいと思います。ありがとうございました。

    • ameo より:

      マロチーコさん、こんにちは。
      管理人のameoと申します。

      お役に立てているようで嬉しいです!

      失語症は本当に難解ですよね。
      後遺症は一人ひとりで大きく異なり、それを会話で探ることも困難です。
      症状が同じで治療方法も確立されている既知のケガや病気とは大きく異なります。

      しかし今は不可解と思われる行動や発言も、その理由を理解できれば戸惑うこともなくなるでしょう。
      そのためにも「分からないことはすぐに調べる」、これを続けてくださいね。

      退院直後の今が一番大変な時期かもしれません。
      応援していますよ。
      頑張ってくださいね!

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